失敗は成功の元とか言うが、どんなに前向きに頑張っても失敗を挽回できずに後悔となって残ってしまうこともある。たとえ何年前の失敗でも、ふとしたことで「あの時、ああしていれば」「あんなことしてなければ」と後悔がよみがえってくることも多い。 どうせ取り返しがつかないのなら、せめてその後悔を残したままで人生を終わらしたくない。そう思ってこれまでの後悔をできるだけ全部吐き出すことにした。そしてこのつぶやきが誰かのために役立てば、それはそれで嬉しいことではないか。

経済力がなくなった件

今日の後悔

自分の貯金は死守しておくべきだった

独身の頃から節約家で、貯金をそこそこ持っていた。

ネットでは「○十代の平均貯金額」とかいう記事も多く見るけど、同年代の平均よりはまあまああったと思う。

けど、それも過去の話。

今は中年おばさんで、いわゆるリタイア年齢も視野に入ってきたというのに、貯金は全然ない。お金に困って貯金をちょっとずつ取り崩しているうち、すっかりなくなってしもた。

 

なんでこうなったんやろ。と自分に問うけど、理由は簡単。

もともとは、夫が無理な住宅ローンを組んだせい。銀行残高とか確認せずに出費をするせい。出費額も大きいせい。そんで、買い物した後とか、注文した後になって報告される。

だから支払いに困ったり、他の生活費が足りんようになったりすると私が助ける。助けてあげると、買主の足下で可愛げに尻尾を振って寄り添ってくる子犬みたいになるけど、数日経つと「自分は住宅ローンを払っとるんじゃ、お金ないんじゃ」とか怒鳴りちらす。何にかけてもクオリティを求め、食品、衣類、家電、家具、ファブリック等々、「高い=質が良い」と思い込んで低価なものを買おうとせん。

「お金がない」と言うから「ちょっと支出を見直したほうがええね」って答えたら「俺は無駄使いも何もせんのに、なんちゅうこと言うんや」とまた怒る。

この繰り返し。

だから、子どもの保育園代とか習い事代とかも、全然夫に頼りたくなく、ほとんど私が払う。

 

子どもが小学校に入るまでは私もそこそも収入あったけど、そのあとフリーランスになったら収入がた落ちやし、貯金を取り崩すしか手がなかった。

 

そりゃあ、お金もなくなるわなあ。

 

こっちが「もうお金ない」とか言ったら猛烈に口撃してくる。

家の名義が夫なだけど、「これは俺の家じゃ。文句あるんやったら出ていけ」とか言うて。

だいたい、「あんたの家なんやったらローンとか固定資産税とか、なんで私が払わないかんの?」って反発したら、「だったら、お前は俺の家に住んどるけど、俺に家賃払っとるんか?」とくる。

夫婦やんか。夫婦間で家賃とかあるか。

それまでも威圧的な奴やったけど、私の経済力がなくなったのを機にその威圧がパワーアップしてきた。

 

本気で離婚とか考えることあるけど、貯金が全然なくなった身にはつらい。

弁護士とか専門家に相談したいと思うけど、相談するお金もない。

自治体の無料相談とかあるみたいやけど、30分そこそこで解決策をもらえるようなもんやないし。堂々巡りの日々。

頑張って働いてもお金は残らんし、貯金もできんし、先行きがすごい不安。

 

今日の後悔から学んだこと

たとえ夫婦でも独身時代に作った自分の貯金は自分のもの。相手のために使うかどうかは夫婦次第やけど、使う時には証文つくるとか、慎重にするべし。

 

 

 

 

ガン保険加入を勧めなかった件

今日の後悔

ガン保険の加入手続きをしてあげていればよかった

もうすぐ父の命日。

父はガンで亡くなった。

病院や薬嫌いの父が、身体の具合が悪くなり、耐えきれなくなって病院で診察を受けたときにはすでにガンが進行していた。

その1年くらい前、父が、ふと、「何かあったときのために保険に加入しとこうかと思うんやけど、保険料がいくらか調べて」と私に言ってきた。

後になって考えると、父は虫の知らせを受けたのだろうかと思うが、65歳(当時)を過ぎたシニアが加入できる保険は限られているうえ、保険料がかなり高い。

保険にかなり詳しかった私は「うん、わかった」とか言いながら、内心「高すぎるわ~。こんなん、払えんわ~」と思い、父には「うーん、入れそうな保険がないわ~」と伝えた。

父は格好よく言えば「生涯現役」、現実的な言い方をすれば「国民年金保険料を払えない貧乏自営業者で、働き続けないと食べていけない」人だった。

当然貯金もごくわずか。

ということで、しばらく後にガンと診断された時には本当に申し訳なく思った。

少々高くても加入申込みの手筈を取ってあげとけばよかった。

 

治療費やら入院費やら、その後の母の生活費やら、すごい大変やったけど、父も家族も全然私を責めることなく全信頼を私に置いて、すべてを委ねてくれた。

 

毎年、命日になると悔やんでしまうけど、今年はいつもより感じる後悔の念が大きいのは20年という節目だからなんやろうか。

 

今日の後悔から学んだこと

必要最低分は絶対保険で備えておくべき。

 

履歴書を送らなかった件

今日の後悔

あのとき履歴書を送っておけばよかった

いまフリーランスで仕事をしていることもあり、月々の仕事量に大きな波がある。

まったく仕事をいただけないときもある。

あれこれ営業かけたりするけど、すぐに仕事をいただけるとは限らない。

 

スケジュール帳の先々のページが真っ白……というときにはかなり不安。

--これまで猛烈に頑張った分、ちょっと休みなさいって神様が与えてくれた休息--

そんなふうに考えたこともあるけど、本当に、めちゃくちゃ忙しい時期が続いた時にはそれでもいい。けど、寝る間も惜しまんといかんほど忙しい訳でもないときにはすごい不安よね。

 

こんなとき、いつも、以前ある会社からオファーをいただいた時のことを思い出して後悔する。

 

オファーは、仕事内容・職場環境・通勤距離・福利厚生など条件はよかったけど、まずは1年間の有期雇用。その有期雇用というのが気になった。

だって、その当時、無期雇用の正社員として別の会社で働いてたから。けど、そこは通勤が大変やった。すごい大変やった。しかも育休明け(つまり、1歳そこそこの子どもを育てながらだった)だけに、オファーをもらった会社は魅力だった。

すごい迷った。

事業内容のジャンルは全然違うけど、どっちも興味深い仕事やった。どっちも業務内容、労働条件ともに悪くない。

大きな違いは無期雇用か1年の有期雇用かということと、通勤距離。

そこで、オファーをいただいた会社に正直に状況を伝え、雇用条件について相談したいと願い出た。

そしたらとりあえず、履歴書・職務経歴書を送ってと言われた。

 

迷った挙げ句、結局、無期雇用の正社員の道を選ぶことにして履歴書を送らんかった。

その後、何年か後、会社員生活を辞め、フリーランスとなって現在にいたる。

 

それやのに、あるときたまたま出会った人が、なんと、私が履歴書を送らんかった会社で、私にオファーしてきたポストで、無期雇用で働いとるなんてことを言われ、頭が真っ白になった。どうやら役員の1人が退任してから経営者の判断が変わったらしい。で、有期から無期になったとか。

 

なんなん、それ。

ほんと、世の中、いつ、何が、どのように変わるかわからんもんや。

あれだけ迷った自分を悔やむ。

 

まあ、もし私が採用されとったとしても、会社事情が同じように変わっとたかどうかはわからんけどさ。人の運ってそれぞれ違うし。

 

でも、やっぱり仕事のことで不安になると、なんであのとき履歴書を送らんかったんやろう……って悔やむ。そんなんなら、履歴書見てもらったあとに不採用になっとったほうが割り切れる。

 

今日の後悔から学んだこと

いただいたチャンスは大切に。

不利な条件でも交渉してみたらええ。

もしそれでダメならご縁がなかったと割り切れる。

自ら放棄してあとでくよくよ悩むことは最もいかん。

 

車を貸す

今日の後悔

車を貸すんじゃなかった

というか、正しくは「車を貸すことに同意するんじゃなかった」やけど。

 

かれこれ、数年前の話。

隣に引っ越してきたある若夫婦に、夫がうちの2台ある車のうち1台を貸すことにした。いろいろ理由があってのことやけど、夫と若夫婦の3人で話を決めた。そのことを決めた後に「貸す」「貸してもらう」とそれぞれから聞かされた。

(なんかあった時の補償とか、夫の怒りとか知っとるだけに)反対したけど、夫は聞く耳持たんし、若夫婦は「○○さんが貸してくれるって言ったし。」と借りられるのが当然な感じやった。

せめてもと、(家族限定だったんで)保険だけはちゃんと手続きしてもらった。

けど、やっぱり車の調子がおかしくなると責任問題や補償問題が発生するもの。

二人が使い始めた後に、車がおかしいという話になった。古い車やし、何度か修理もしとるし、本当の責任の所在はわからんままやけど。

そのせいで、結局、その夫婦と仲違いになってしもた。2人は近くの別のところに引越した。

 

それから数年。たまに道ですれ違ったりするけどなんか顔を合わせづらく、お互い気づかんふりして通り過ぎるのが悔やまれる。

「遠くの親類より近くの他人」って言葉もあるけど、この歳にもなればその言葉の意味がよくわかる。この先もっと身にしみてくる言葉やと思う。なのに。2人が越してきたあと、すぐ仲良くなっとったのに。残念。

 

若夫婦とすれ違ったり、住居の近くを通ったりするたび、その時のことを思い出す。

あの時、3人がどんなに言っても車を貸すことに頑として反対しとくべきやった。もしくは、ちゃんと責任についての一筆を書いてもらうんやった。

 

今日の後悔から学んだこと

レンタカー業者でも何でもない者が車の貸し借りをするのは絶対いかん。

 

 

 

バツイチ・子ありとの結婚

今日の後悔

子どものいる人と結婚するんじゃなかった

かれこれ20年近く前のこと。子どものいる人と結婚した。

当時、子どもはまだ小さく、母親と暮らしており、春休みや夏休みなどの長期休暇のときだけ父親の元にきていた。当方のことも慕ってくれていたし、当方も自分の子のように接していた。そのことを父親(今の夫)もとても喜んでいた。

しかし、時は経つ。時が経つと、小さな子どもは大きくなる。

大きくなると自我が出てくる。お互い遠慮も出てくる。

自分自身の子もできる。

しつけや教育の問題も出てくる。

当方が同じことを二人の子どもに言っても、夫は下の子(自分の子)にはしつけ、上の子(義理の子)には意地悪と受け取る。

上の子はますます遠慮して当方に何も言わんようになる。

そうすると夫はますます当方に難癖をつける。

さらには下の子に向かって「お前は両親揃った恵まれた子」「上の子は可哀想な子」と変な言いがかりをつける。

上の子も下の子も、ただこの世に生まれてきただけやのに。

こんなふうに発展するのは我が家だけなんかもしれんけど。

 

今日の後悔から学んだこと

もしも当方が生まれ変わることがあっても絶対子持ちの人とは二度と結婚せん。

 

 

ブログを始めました

「失敗は成功の元」とか「失敗から学ぶ」とか「くよくよしても仕方ない」などという言葉が身に染みついており、仕事や人間関係、日々の暮らしのなかで上手くいかないことがあっても、次の対策を考えて難を凌ぐ。

人生50年も生きていると、自然にそうなっている。

しかし、どんなに前向きに頑張っても失敗を挽回できずに後悔となって残ってしまうこともある。たとえ何年前の失敗でも、ふとしたことで「あの時、ああしていれば」「あんなことしてなければ」と後悔がよみがえってくることがなんと多いことか。

人生100年時代だとしても、もう折り返し地点をとおに超してしまって気持ちが少し弱ってきているのかどうかはわからんが、最近とくに感じるようになってきた。

どうせ取り返しがつかないのなら、せめてその後悔を心に残したままで人生を終わらすのはやめよう。そう思ってこれまでの後悔をできるだけ全部吐き出すことにした。

本当に、「後悔は先に立たない」からこそ、このつぶやきを読んでくれた誰かが人生の選択をするうえで、ちょっと気をつけたり、失敗を避けたりと、誰かの役に立つことができれば、それはそれで嬉しい。